自分史のコトなら〜かなでる〜【西川直】


24年前の2月。その日も朝から厳しい寒さの1日でした。いつも通りに高校の授業を受け、いつも通りに部活の練習を済ませて、いつも通りの電車で帰宅する…いつも通りの1日が繰り返されるはずでした。しかし、その日は私にとって忘れることのできない1日になりました。

「すぐに帰ってきなさい…」

母からの連絡を受けたとき、私は友人たちと他愛もない話で盛り上がり、部室で制服からユニフォームへと着替える…そんなタイミングでした。高校にいる時間帯に母からの電話がかかってくることはほとんどなく、着信画面を見たときに妙な胸騒ぎを覚えました。電話口から感じる、いつもと違う母の雰囲気に不安を感じながらも、ユニフォームから制服に着替え、電車に飛び乗り家路をいそぎました。

不安を抱えたまま「ただいま」と玄関を開けると、兄がすでに帰ってきています。私が帰ってきたことを確認した母は、私たち兄弟をリビングに集め、少しの沈黙の後…ゆっくりと重い口を開きます。

「お父さんが亡くなった…」

あまりにも突然で、あまりにも残酷で、あまりにも受け入れがたい一言でした。その瞬間にあふれだした涙で視界はぼやけ「なんで?なんで?」と何度も母にしがみつき問いかけ続けていました。母は涙をこらえ「お父さんのとこに行くよ」と私と兄の手をひいて、父のもとに向かいました。

16歳の私にとって突然の父親の死という現実は、簡単に受け止められるものではありませんでした。信じたくないという思いを抱きながら、数時間後、父との再会を果たします。そこには、眠っているように穏やかな表情で父が横たわっていました。本当にただ眠っているような…でもその頬に手を当てると体温を感じることはなく、固く冷たい…その感覚は今でも忘れることはできません。

この先の人生で、父ともう2度と会うことも、話すことも、相談することも、叱られることさえできない…父を失った悲しみや喪失感は40歳になった今でも、時折波のように押し寄せてくることがあります。きっとこの先もこの傷は癒えるとはないでしょう。

現在、私は人生を形に残す「自分史」制作事業を展開しています。父を失ったことは私の心に大きなキズを残しましたが、同時に私に新たな使命を与えてくれました。それは、形のない人生という物語を形に残すという使命です。父がどんなことで悩み、どんな思いで仕事に打ち込み、どんな願いを持って私たちを育ててくれたのか…それを知ることは私にはできません。しかし、まだ間に合う人は大勢いるはずです。大切な人のために、自分の人生を綴り残すことは何よりも価値のあることなんです。なぜなら、残された家族にとって故人の言葉は、喪失感の中にある唯一の「救い」となるからです。


会員になってから2年ほどが経過しましたね。自分史を広げていくにあたって「終活」との組み合わせを検討していたときに、みらいあんと出会い、梅﨑理事長とお話する機会を設けていただきました。そこで団体の活動について終活以外にも様々な支援を行っていることなどを初めて知ることになります。団体としての思いや志にも共感し、それを支える多数の会員様がいることもみらいあんの力強さを感じた部分でもありました。すぐに会員となることを決めましたね。

現在では、事務局としてみらいあんの運営に携わらせていただき、同時にHPを活用した記事の制作を行っています。具体的には、会員様をピックアップした記事やイベントの様子を伝える記事など多数執筆させていただいております。みらいあんの活動を多くの方々のもとへ届ける活動になりますので、記事制作については試行錯誤しながら1記事1記事を丁寧に制作させていただいております。今後も、みらいあんの活動や雰囲気が伝わるような記事を執筆していきたいと思います。


今年は、みらいあん主催による「シニアフォト撮影会&セミナー」を毎月開催させていただきました。記事での広報活動も重要な面はありますが、ひとりひとり面と向かってみらいあんの活動をお伝えすることができれば、支援の輪が広がっていくのではないかという思いもあり、イベントをスタートしました。1年間で約100名ほどにご参加いただき、会員様の力もお借りしながらではありますが、お陰様で好評なイベントへと成長することができました。私たちの企画にご協力いただきました会員の皆様には感謝しかありません。今後はイベントの形を少し変え、更にパワーアップする形で開催することができればと考えています。

人生を形に残す「自分史」と今この瞬間を形に残す「シニアフォト」。どちらも何もしなければ消え去ってしまうものです。私達がおばあちゃんの旧姓を知らないように、たった数十年で簡単に忘れ去られてしまいます。形のないものだから儚く美しいという考え方もありますが、形にするからこそ思いや経験は次の世代に引き継がれるものだとも言えます。これからも、自分史の価値を伝え、共感してくれる仲間を増やし続けていきたいと思います。