野村證券から保険代理店を経て現在は、IFA独立系資産アドバイザーとして資産運用などの支援を行いながら、みらいあん理事として団体運営に携わっています。NPO法人みらいあんの梅﨑理事長とは、中学時代からの知り合いで、2014年ごろの同窓会で再会したことをきっかけに団体の活動に参加するようになりました。
当時はまだ世間的に「終活」という言葉はあるものの、誰もが終活に取り組むという状況ではありませんでした。そんな時代にみらいあんは「終活や相続」の重要性を啓蒙していくという活動を行っていることを知り、興味を惹かれたことを覚えています。
超高齢化社会の真っ只中にいる日本において相続という問題は、どんな家庭でも発生する可能性があり、一度相続問題が発生してしまうと兄弟間や子供同士で争った結果、わだかまりが残ってしまうことも多くあります。私は法律の専門家ではないため、直接的に相続問題を解決に導くことは難しいですが、金融や保険の知識を活かし「終活」という分野で困りごとを解決できたらという思いで、みらいあんとして仲間と共に活動をしていくことを決めました。
私がみらいあんに参画したのは、立ち上げ初期の頃で、当時を振り返ると順風満帆なスタートではなかったように感じますね。常に資金面や人材面でのリソース不足が間近にありましたし、ギリギリの運営であったのは事実です。しかし、自分たちの成し遂げたいことを実現するための熱さは消えることはありませんでしたね。
そんな厳しい状況ながらも活動を続けていくことで、我々の想いに賛同し支援をしてくれる仲間が少しずつ増えて行きました。会員としてみらいあんに入会していただいた方も気づけば20名を数えるほどになっていました。潤沢な資金もなく活動の幅も限られていた黎明期のみらいあんを支えていただいたのは、まぎれもなく当時の会員さんたちの力だと心から感謝しています。
立ち上げ当初は「相続セミナー」を各地域で開催することを目標に据えて活動をしていました。セミナーを通じて、相続の正しい知識を得ることは相続問題を生まないための唯一の予防策だという考えから、相続セミナーの開催を目標としていました。しかしながら、開催場所の確保に難航し、計画どおりには進んでいきませんでしたね。公民館をはじめとする様々な公共施設への協力依頼に奔走しては断り続けられるという日々を繰り返すうちに、心が折れることもありました。しかし、私には同じ志を持つみらいあんの仲間たちがいたから、何とか乗り越えることができたんです。
活動を続けていくうちに、想いが通じたのか、公民館から施設を使っていいとの許可が降りたんです。やっとの思いでたどり着いた一回目のセミナー開催に、これまでの苦労が報われるほどの達成感を感じましたね。
私はセミナーが好きなんですよ。そこには、本当の声が溢れていて、悩みを抱えた人々の生の声を聞くことで、どんな対策や支援ができるかを考えることができます。本やネットも参考になる部分は多くありますが、本当に大切なのは生の声を漏れなく拾い、それを解決や支援につなげることができるかという部分にあると思っています。
相続係争を未然に防ぐために「相続セミナー」を中心とした活動からスタートしたみらいあんですが、世の中の変化に伴って「終活」だけを取り扱う団体ではなく、今では「貧困」や「孤独孤立」という分野まで支援の手を広げています。
みらいあん設立後の10年の活動期間で私達が耳を傾けることができた「声なき声」は、ほんのわずかだと感じています。だからこそ、この10年という期間で支援できる幅を広げてきました。それは、単に私達が頑張ったからではありません。みらいあんを支えてくれる会員さんたちがいて、そして何よりも要支援者からの「ありがとう」の声があったからだと感じています。
今後も「声なき声」に耳を傾け支援を続けていくと同時に、設立事業である「終活・相続」分野でのイベント開催や企画に注力していきたいと考えています。